耳をすませば
感想(全6件)
- もし近藤喜文さんが生きていたら、耳をすませばのように宮崎さん絵コンテの近藤さん監督の作品が続けて送り出されていた可能性が高い、みたいなことを鈴木敏夫さんも著書の「風に吹かれて」で語っていた。
- 「耳をすませば」を見て感じるのは、作品の内容以上に、近藤喜文さんという偉大なアニメーターを喪失してしまったことの悲しみである。耳をすませばを見て、生活感に密着した柔らかいアニメーションを描ける近藤さんを失ったことの意味は大きい。
- 「耳をすませば」を観ていると、今のジブリに近藤喜文さんのいない事の意味を痛感させられる。ただ「思い出のマーニー」の予告PVを観ていると久々にジブリ作品に参加した安藤雅司さんによるものなのか、喜文さん的なラインを感じさせる絵であり、その意味では喜文さんの系譜は生きていると感じた。
- 耳をすませばを観ていたが、雫のお父さん役の立花隆さんの朴訥な高い声に既視感があったが、この既視感は風立ちぬの庵野さんの声質の近さにあるのだと思った。あの喋り方は宮崎さんの言うようにインテリ的なものなのかもしれないなぁ。
- 耳をすませばの脚はいいなぁ
このアニメについてのあにろぐ
- もし近藤喜文さんが生きていたら、耳をすませばのように宮崎さん絵コンテの近藤さん監督の作品が続けて送り出されていた可能性が高い、みたいなことを鈴木敏夫さんも著書の「風に吹かれて」で語っていた。
- 「耳をすませば」を見て感じるのは、作品の内容以上に、近藤喜文さんという偉大なアニメーターを喪失してしまったことの悲しみである。耳をすませばを見て、生活感に密着した柔らかいアニメーションを描ける近藤さんを失ったことの意味は大きい。
- 「耳をすませば」を観ていると、今のジブリに近藤喜文さんのいない事の意味を痛感させられる。ただ「思い出のマーニー」の予告PVを観ていると久々にジブリ作品に参加した安藤雅司さんによるものなのか、喜文さん的なラインを感じさせる絵であり、その意味では喜文さんの系譜は生きていると感じた。
- 耳をすませばを観ていたが、雫のお父さん役の立花隆さんの朴訥な高い声に既視感があったが、この既視感は風立ちぬの庵野さんの声質の近さにあるのだと思った。あの喋り方は宮崎さんの言うようにインテリ的なものなのかもしれないなぁ。
- 耳をすませばの脚はいいなぁ
- 耳をすませば「好きな社畜が、できました。」 #ジブリ映画のキャッチコピーの一部を社畜に変えると悲しくなる