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アニメブログと同人誌をやっています。今はGレコです。

耳をすませば

カテゴリ劇場アニメ
放送日1995年7月15日
ハッシュタグ#MimiSuma #Ghibli

感想(全6件)

  1. おはぎ
    もし近藤喜文さんが生きていたら、耳をすませばのように宮崎さん絵コンテの近藤さん監督の作品が続けて送り出されていた可能性が高い、みたいなことを鈴木敏夫さんも著書の「風に吹かれて」で語っていた。
  2. おはぎ
    「耳をすませば」を見て感じるのは、作品の内容以上に、近藤喜文さんという偉大なアニメーターを喪失してしまったことの悲しみである。耳をすませばを見て、生活感に密着した柔らかいアニメーションを描ける近藤さんを失ったことの意味は大きい。
  3. おはぎ
    「耳をすませば」を観ていると、今のジブリに近藤喜文さんのいない事の意味を痛感させられる。ただ「思い出のマーニー」の予告PVを観ていると久々にジブリ作品に参加した安藤雅司さんによるものなのか、喜文さん的なラインを感じさせる絵であり、その意味では喜文さんの系譜は生きていると感じた。
  4. おはぎ
    耳をすませばを観ていたが、雫のお父さん役の立花隆さんの朴訥な高い声に既視感があったが、この既視感は風立ちぬの庵野さんの声質の近さにあるのだと思った。あの喋り方は宮崎さんの言うようにインテリ的なものなのかもしれないなぁ。
  5. おはぎ
    耳をすませばの脚はいいなぁ

このアニメについてのあにろぐ

  1. おはぎ
    もし近藤喜文さんが生きていたら、耳をすませばのように宮崎さん絵コンテの近藤さん監督の作品が続けて送り出されていた可能性が高い、みたいなことを鈴木敏夫さんも著書の「風に吹かれて」で語っていた。
  2. おはぎ
    「耳をすませば」を見て感じるのは、作品の内容以上に、近藤喜文さんという偉大なアニメーターを喪失してしまったことの悲しみである。耳をすませばを見て、生活感に密着した柔らかいアニメーションを描ける近藤さんを失ったことの意味は大きい。
  3. おはぎ
    「耳をすませば」を観ていると、今のジブリに近藤喜文さんのいない事の意味を痛感させられる。ただ「思い出のマーニー」の予告PVを観ていると久々にジブリ作品に参加した安藤雅司さんによるものなのか、喜文さん的なラインを感じさせる絵であり、その意味では喜文さんの系譜は生きていると感じた。
  4. おはぎ
    耳をすませばを観ていたが、雫のお父さん役の立花隆さんの朴訥な高い声に既視感があったが、この既視感は風立ちぬの庵野さんの声質の近さにあるのだと思った。あの喋り方は宮崎さんの言うようにインテリ的なものなのかもしれないなぁ。
  5. おはぎ
    耳をすませばの脚はいいなぁ